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正確さや対称性にこだわる強迫性障害のなおしかた(克服・改善方法)



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どうも


キャンです。

今回は、「ものごとの正確さや対称性」に極度にこだわる強迫性障害の治し方について書いてみようと思います。

※ちなみに、僕はこの強迫性障害になったことはありません。なおしかたについても、ほとんど僕の妄想で書いています。ですので、医学的な根拠などはありませんし、なおるかどうかも正直自信がありません。完全に自己流です。その点、ご了承の上、お読みください。


強迫性障害と視線恐怖症は違う


僕は、過去に、他者視線恐怖症や対人恐怖症(人が怖くなる)、雑念恐怖症にかかっていました。現在はいずれも克服しています。克服した際のノウハウを、このサイトに書いて、みなさんに伝えています。

僕は、強迫性障害には一度もなったことはありません。ですが、強迫性障害と視線恐怖症などの神経症は、症状が似ている気がしたので、視線恐怖症を克服した際のノウハウが、強迫性障害にも適用できるのでは?と考え、過去に「〜の強迫性障害のなおしかた」という記事を数本書いてきました。

月日は流れ、色々と調べるうちに、考えが変わってきました。

視線恐怖症などの神経症と、強迫性障害は別物である。同じような方法では治らない。

過去に書いてきた強迫性障害の記事は、やはり、どこか無理がありました。視線恐怖症などの神経症をなおした際のノウハウを、強迫性障害にあてはめて考えること自体、間違っていたのかもしれません。(過去に書いた記事は随時、修正していきます)


強迫性障害には、強迫性障害向けの治し方が、別にあります。

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強迫性障害を克服するためには


強迫性障害を克服した人たちが、共通して言っていることがあります。

それは、


強迫行為を行わない


ということです。



以前読んだ本で、その筆者が力強く力説していました。「強迫行為をやめる」ことが、強迫性障害をなおすための大切なポイントだと


「そんな方法で、本当に治るんかい?」と半信半疑だったんですが、ネット上で、強迫性障害がなおったという人
、何人かに治し方について聞いてみたところ、ほぼ全員が、この「強迫行為を行わない」ということが、克服のためのポイントと口を揃えて言っていました。


用語の解説をします。


強迫観念というのは、自分の意思に反して、しつこく何度も、繰り返し思い浮かぶ考え、イメージ、衝動です。精神的苦痛や、不安、恐怖等の不快な感情を伴います。何度も繰り返し思い浮かんだり、頭にこびりついて離れなくなったりします。
(医学的な定義はよくわかりませんが、僕の中のイメージだと)「〜をしないと、良くないコトが起きるから、〜しなければならない!」とか「〜すると、良くないコトが起きるから、絶対に〜してはいけない!」という考えのことです。

強迫行為は、強迫観念から予想される恐ろしい出来事を防いだり、精神的な苦痛や不安を減らすために、自分にしいる行為です。強迫観念の衝動によって、かりたてられて行うことが多いです。現実的に必要な方法と比べ、繰り返しや、やりすぎが多く、常識や科学的な事実にそぐわない、不合理な方法をとります。
「〜をしないと、良くないコトが起きるから、〜しなければならない!」という強迫観念にとらわれていた場合は、「〜しなければならない!」という衝動から、ついついやってしまう行動が、強迫行為です。


強迫性障害になると、強迫行為を繰り返すことにより、強迫観念が強化され、抜け出せない魔のループに陥ってしまいます。


みなさん、パブロフの犬の実験を、ご存知でしょうか?



犬にエサを与える際に、必ずベルを鳴らすようにしたところ、エサが無くてもベルを鳴らすと犬がよだれをたらすようになるという実験です。

ベルの音を聞いただけで、よだれがでてくるようになる。この反応を条件反射と言います。脳の中に、無意識に反応するネットワークができてしまったので、そういう反応が起きます。



この犬に、ベルの音を聞かせずに、餌を与え続けると、どうなると思いますか?


ベルの音を聞いても、よだれがでなくなってしまいます。


強迫性障害も、このパブロフの犬みたいなものだと思います(医学的には全然、同じじゃないですよ。あくまで例え)。


強迫性障害というのは、強迫行為をすることによって、強迫観念が強化され、再び、強迫行為を繰り返してしまう。脳の中に、そういう反射的なネットワークができあがっているんです。


この反射的なネットワークを断ち切るには、
強迫行為を中断することが必要になってくるということなんですね。



「強迫行為を行わない」について


「強迫行為を行わない」には、2つの意味があります。

1つ目は、強迫観念によって、「やれー、やれー」ってうながされる行動をしないということ。例えば、「この順番で靴下をはかないと、不吉なコトが起きるから、絶対、この順番ではかなきゃダメ!」という縁起恐怖の場合、いつもの順番で靴下を履かないということが、強迫行為をやらないということになります。

2つ目が、意外と盲点かもしれませんが、「強迫観念を気にする」というのも、強迫行為を行わないにあたります。意味が分からないと思いますので、説明します。

頭の中に強迫観念が浮かんできたとします。ここで「気にしない、気にしない」と自分を誤魔化すと、強迫観念は巨大化して、こちらに迫ってきます。
「気にしない」という行為が、もうそれ自体、強迫行為にあたります。この「気にしない」という強迫行為によって、強迫観念を強化してしまいます。

自分の心の中に自然と浮かんできた感情を否定するから、おかしなことになるんです。気になるのなら、気にすればいいんです。気になるのに、無理に気にしないようにするから、心が病的になるんです。

強迫行為を行わない=「気にしない」ということをしない→「(気になるんだったら)気にする」

になります。言葉遊びみたいですけどね(笑)

まとめると、強迫行為を行わないということは、

@強迫観念によって促される行為をしない

ということと

A強迫観念が気になるのなら、気にする


この2つになります。


ものごとの正確さや対称性に極度にこだわる強迫性障害とは 


前置きが、長くなってしまいました。

本題に戻ります。まず、ものごとの正確さ対象性に極度にこだわる強迫性障害とはどういうものなのか。

以下、強迫性障害ガイドから引用



引用

例えば、文章の正しい理解にこだわってしまう人がいます。言葉の意味や文の内容を正確に理解できているかどうか気になって仕方がありません。そうすると、本や資料を読むのに時間がかかり学校や職場など生活に影響がでてしまいます。周囲の人の目には「さっきからどうして同じページを見ているんだろう?」と映ります。


その他にも、納得がいくまで字を書き直す、本や文具など物の置き方にこだわる、といったものもあります。



僕も、割りと細かいことに異常にこだわる性格なので、気持ちが分からないでもないですが、強迫性障害の場合は、こだわりが強すぎる結果、とらわれてしまい、本来の目的が果たせなくなってしまうようです。



強迫性障害を絶対に克服する!という覚悟が必要


たとえば、「本や資料を読んだとき、完全に理解できていないと気が済まない」といった症状や、「納得がいくまで字を書き直す」、「本や文具など物の置き方にこだわる」といった症状も含めて、こういった強迫性障害を改善するためには、先ほど話したように、「強迫行為をやめる」しか方法がない気がします。強迫行為を繰り返すと、また気になってくるので、終わりが見えません。

「強迫行為をやめる」と言葉で書くのは、簡単なんですが、実際問題、強迫性障害の人が強迫行為を我慢するのは、ものすごい苦痛だと思います。

でも、苦痛に感じようが、『強迫観念→強迫行為→強迫観念の強化→強迫行為→強迫観念の強化→強迫行為→……
』という魔のループを断ち切らねばなりません。



そのためには、強迫性障害を絶対治す!という「覚悟」が必要だと思います。



僕は、以前、たばこを吸っていました。一日、20本くらい吸うヘビースモーカーでした。ですが、禁煙をすると「覚悟」に決め、現在は、一日に一本も吸っていません。
禁煙を開始したときは、2週間ほどで、少し楽になってきて、1ヶ月目くらいに、また吸いたいという衝動にかられました。その後は、「楽になってきたな」と思う時期が長く続きますが、たまに「また、吸いたい」衝動に駆られます。そんな感じで、繰り返し、ある日突然、吸わない自分の存在に気がつきます。


僕が、禁煙を成功させたのは、絶対に吸わないという「覚悟」を決めたからです。たまに来る「一本くらいいいだろう」という衝動にも、耐えぬいてきました。


禁煙と強迫性障害を一緒に考えるのは、微妙な気がしないでもないですが、割と似ているような気がします。


現在は、たばこを吸いたいという衝動はほとんどありませんが、強迫性障害の場合、禁煙と違い、「強迫行為をしたい」という衝動は、完全には消えないかもしれません。一生、強迫行為をしたいという衝動と戦い続けることになるのかもしれません。


禁強迫行為は、禁煙とは、比べ物にならない「覚悟」が必要だと推測されます。ただ、覚悟を決めて、一度、強迫行為をしたい衝動に耐えぬいたら、それ以降は、最初ほど、苦痛は感じられないはずです。何度も衝動に耐え抜いていくことで、一回、一回の衝動が弱くなってくるのが分かってくると思います。



進むべき道は見えています。





強迫性障害を克服した人が、口をそろえて言っていること、

それは


強迫性障害を治すためには、強迫行為を行わない


ということ。



一度、覚悟を決めてみてはどうでしょうか?



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